東レの社長インタビューが驚きの内容すぎた(その2)
前回の続きで、最近読んだ週刊東洋経済の記事についてです(無料登録で全編が読めます)。
前編:
後編:
「素材産業では女性の視点を入れるということ自体に意味はない」・・?
――ダイバーシティについて。経営中枢に女性の視点を入れると事業に広がりが出るという見方もありますが、どう思いますか。
それは(エンドユーザーに女性が多い)資生堂さんやユニクロさん(ファーストリテイリング)なら意味があるかもしれない。
でも、素材産業では女性の視点を入れるということ自体に意味はない。もっといえば、女性を何割入れてとか、取締役に女性を入れてとか、そういったことを外野の経営経験もない人が言ったりルールをつくったりするのは最悪だ。
問題は、やれ自由だ、ダイバーシティだというと、あたかもそれが正しいように聞こえてしまうこと。言葉の響きで。でもそれに何の意味があるのか。ダイバーシティが目的ではないはずだ。
このコメントをそのまま記事にした東洋経済に対する驚きも禁じ得ませんが・・。
「女性だからっていいわけではない」と言いますが、そうではなくて「高齢の日本人男性だけしかいない」という属性の偏重が問題である、ということだと思います。記者の質問の仕方(「女性の視点を入れると事業に広がりが出るという見方」)から、記者自身もダイバーシティが何たるかを理解していないのではないかと疑ってしまいます。
社長のこの理屈は、アメリカで「Black lives matter(アフリカ系アメリカ人の命を大切にしよう)」と言うと、これに同意しない人が「No, ALL Lives matter(アフリカ系アメリカ人だけじゃなくて、みんなの命が大切だ!)」と屁理屈で言い返すのと同じくらいナンセンスだと思います。(※別にアフリカ系アメリカ人以外が大切ではないとは一言も言っていないのに、勝手にそのような解釈を加えることであたかもBLMが逆差別である、というようなニュアンスを発して反対するだけのために反対するという無意味な「議論」)
そもそも、「エンドユーザーに女性が多い」業態でのみ「女性の視点」が意味がある、と考えているとすればそれ自体が女性蔑視甚だしく、それをまっとうな意見として述べているならば思ったより闇は深そうです。また、この理屈で言えば「経営の中枢に男性の視点が有効なのは、エンドユーザーに男性が多い業種である」ということになりますが、これは誰もがおかしいと感じるのではないでしょうか。
また、クオータ性(強制的に一定数/一定比率を特定の属性の人でポジションを埋めること)の是非は議論されていますが、「まず入り口として」クオータ性を導入してでもマイノリティーの比率を引き上げた方が長期的にはパフォーマンスが改善するということを確認したリサーチも発表されているくらいです。「ダイバーシティが目的ではない」とは確かにそうで「手段」でもあるはずなのに、「響きだけで」やっていると決めつけていることにも疑問を抱かざるを得ません。
その集大成が「素材産業では女性の視点を入れるということ自体に意味はない」というコメントではないでしょうか。世界の常識としてはこのような発言を大手メディアでしたら袋叩きにされても不思議ではありませんが、社長にとってはそれも「欧米追従の流れ」のせいであって、きっとなんとも思わないのだと思います。実に残念です。
ちなみに東レが属する繊維業界では(東レの名誉のために言いますと東レに限らず他社でもですが)未だに「キャンペーンガール」という時代遅れのことをやっていますし、本社の受付には「若くてキレイ」な女性を多数揃えていますし、ここには業界・企業の(私個人の感覚だけかもしれませんが)悪しき風習が今もなお生き残っていて、社長の言葉の端々からは「それが普通」という価値観がにじみ出てくるようでした。
東レが貫きたい独自のやり方では「結果」が出ていない
結局のところ、社長は「欧米の真似をするばかりでは意味がない」と言いながらも、東レ「独自の」やり方で進んできたこの20年以上を振り返りますと、企業としては実質的には足踏みをしているだけということを業績も株価も物語っているわけです。そして製品の品質データ改竄や、子会社の架空売上計上が起きているのも事実で、「社外の目で企業を監視するなんて不可能だ」と言いながら社内でも監視はできていないのが実態だと言わざるを得ません。
最後に、もう一つ東レの業績推移のチャートです。私は企業の過去分析の一つとして「利益率」と「費用」の推移もチェックします。
こちらは東レの売上総利益率、販管費率、営業利益率の長期推移です。
(基本解説:「売上総利益(率)」ー「販売費・一般管理費(率)」=「営業利益(率)」)
東レの営業利益率の長期トレンドは、景気の循環とともに上下しながらもわずかながら「右肩上がり」になっています。これだけを見ると、「そうか、東レは長期的に利益率が改善してきているのか」と考えられます。
しかし、中身を見てみると売上総利益率は長期的には右肩下がりです。つまり、「売上総利益(≒売上から製造原価を引いたもの)」は長期的には比率としては縮小してきているということです。
他方、販管費率も長期的には右肩下がりです。こちらは、「販売管理費(≒人件費、水道光熱費、旅費交通費など)」は年々圧縮されている、すなわち「費用削減」が続いているということです。
これらを総合すると、「売上総利益率の低下を販管費の圧縮により相殺することで営業利益率は維持・わずかに改善させている」ということになります。ですので、理想とされるような「製品の付加価値・独自性・競争力を評価されて高い収益性を享受できている」結果としての営業利益率上昇とは意味が異なります。
これが業績が物語る「(欧米のやり方には流されない)東レ独自の経営」の結果です。
・・当初このインタビュー記事を目にして「面白いかも」と思った印象から、実際に東レの過去の業績の数字を調べてみた印象のギャップは大きく、自分でも残念な、複雑な気持ちです。まあしかし、テニスは好きなので、東京オリンピックでは大坂なおみ選手を応援したいと思います(もちろんテレビから)!
おしまい