お金と生活の知恵、時々ふつうの30代

少しだけ金融に詳しい普通のサラリーマンが、お金や投資や生活について日々気付いたことをつぶやきます。

「複利」と「平均リターン」を混同して将来の期待リターンを語るべからず

 今日は私のPet peeve(過剰反応かもと認識しつつも見かけるとムムムムッと反応しまうこと)である、「複利」という言葉の誤用についてです。長いですすいません。

資産運用や投資の文脈で頻繁に使われている「複利」の意味合い

ネットで人々の資産運用や投資関連の考えやブログ、ツイッターなどを見ていると、「複利」は頻繁に登場します。以下のような文脈での利用をよく見ます。

  • 複利〇%で運用すれば、投資の元金〇〇万円が20年後には△△万円になり、◇◇万円も増えたことになる。複利効果ってすごい!
  • 将来配当で生活したいなら、元手として〇〇万円が必要。20歳から20年間でその資金を作るためには、開始時の保有資金××万円を複利△%で運用できれば40歳までに準備できる!
  • FIRE文脈:1年間の生活費×25倍を元手として年4%の複利で運用できれば、毎年4%分を引き下ろしても数十年に渡って元手を食いつぶさずに続けられる!

 

これらに対して私が感じる根本的な違和感は、いずれも株式や投資信託のような価格変動が大きい金融商品について「毎年X%で増えたら」という仮定的な将来の期待リターンや、値動きの結果としての過去の平均リターンと同義で複利という言葉が使われているということです。

複利」の意味は、以下の説明の通り「利子に利子が付くことにより、長期的には元手の増え方が加速すること」であり、その対義語は「単利」と言います。

たとえば、元金(もともとのお金)が100万円あり、この100万円を金利2%(年利)で1年間預金したとすると、1年後には102万円になる。この場合、2万円は、元金に対してついた利子である。この2万円も含めて(つまり102万円を)再び金利2%で1年間預けると、1年後には104万円となるのではなく、104万400円となる。この400円は、利子である2万円についた利子である。このように、利子にもまた利子がつくことを、「複利」という

長い期間でみると、複利の効果は非常に大きい。複利にするためには、利子を元金に組み入れて運用すればよい。上記の例では利子の2万円を元金100万円に加え、102万円を新たな元金としていた。

 出所:知るぽると「複利とは」

 

「株の配当金で不労所得ライフ」は「単利」の考え方

同じ記事より、↑の後半部が単利を説明しています。

これに対して、利子を元金に組み入れない場合、「単利」となる。上記の例で、利子の2万円を元金100万円に組み入れず、100万円のみを再び金利2%で預けたとすると、1年後には104万円であった(100万円+1年目の利子2万円+2年目の利子2万円)。このような運用を「単利」での運用という。

 出所:知るぽると「複利とは」

「株の配当金で不労所得ライフ」という考え方は、↑の例を借りると1年目には元金100万円から得た配当金2万円を生活費に使い、2年目にも元手の100万円から得た配当金を生活金に使い・・というのを繰り返すことです。その間に元金の100万円は増減するでしょうし、配当金も実際には(出し手の企業の業績等の事情により)増えたり減ったりします。しかし、得た配当金を生活費に充てるのではなく、配当を支払った企業の株を買い増すことで再投資をしなければ、「元手の増え方が加速」することはなく、基本的には「単利」の考え方でしかありません。

「高配当銘柄」と謳われる銘柄には過去長期にわたって1株当たりに支払う配当金を着実に増やし続けているところもあります(1年目は1株当たり10円、2年目は15円・・等)。このような株を保有していれば、確かに得られる配当金は毎年増えるかもしれませんが、これも「複利」とは何ら関係ありません。単に「毎年増配を続けている」会社であるということです(そして過去は連続増配を続けていた企業も、状況が変われば減配(前年度よりも一株当たりの配当金を減らすこと)はあり得ます。→直近だと日本たばこ産業JT)がよい例)。

 

複利」の考えが相応しいのは価格変動が小さく、利率が決まっている商品=預金や債券など

今や日本では預金利率はゴミ以下(=積もらぬチリ)なので、複利の効果をもって預けたお金が増える、と考える人はいませんが、理屈としては、預けたお金に対して利率に応じた利子が付き、翌年は元本+初年の利子の合計額に対して更に利子が付く・・と、まさに「複利」です。

一方、株式や投資信託では、過去から将来のある時点における価格の変動を、年平均に割り戻した「結果としての平均リターン」を「複利」と混同した使われ方が非常に多く目につきます。

株式や投資信託において前述の預金金利に相当するものは「配当金」や「分配金」ですが、これを再投資(=配当金から税金を払った後の手元に残ったお金を自動的に同じ銘柄の追加購入に回すこと)するのではなく、引き出して現金として使ってしまうのは、行動としては「単利」そのものです。

再投資しなければ、翌年に「元手+配当金」に対して新たな配当金をもらう、とはならず、あくまで「単利」で配当をもらっていることになります。

株式の株価や投資信託の基準価額そのものが動くことは単なる「値動き」であり、時間をかけて雪だるま式に増えることが数学的に見通せる「複利」とは別物と考えるべきなわけです。

 

複利」は将来リターンが予測可能、「平均リターン」は単なる結果

視覚的に示すためにこちらのグラフをご覧ください。

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Yr0に100の元金からスタートし、5年後(Yr5)に資産が161に増えた二種類の資産の推移とします。

二つとも最初は100で5年後は161に増えていますが、具体的にイメージする金融商品の種類はギザギザの青線が株式(毎年の値動きはバラバラで予測できない)緩やかな右肩上がりの赤線が利子付きの銀行預金です(※預金でこんなに増えることは現在あり得ませんが、当てはまる金融資産の特徴を表すものとして使用しています)。

青線を株価だと考えると、毎年上がったり下がったりを繰り返して、最終的にYr5時点には161になっていた、というものです。

一方、赤線は預金利率10%の銀行預金で、毎年預金額に対して10%の利子が払い込まれて、2年目以降は「元手100+累積の利子」に対して更に10%分の利子が払い込まれた結果、Yr5には161になった、というものです。

どちらも「開始時に100だった資産が年率10%で増えて5年後には161になる」のは一緒です。しかし、そこに至るアプローチは全く異なります。

青線における161とは「たまたま5年後というタイミングに到達していた価額」、赤線における161とは「当初から確定している利率で5年間複利で運用した結果」、です。結果は同じでも、プロセスは全然違います。Yr0時点で5年後の資産額がいくらになるかを予め予想できるのは赤線だけです

青線:「Yr0=100→Yr5=161となったのは、終了時点から逆算すると年平均10%のリターンで増えたことになるという結果論」

⇒ (結果的に)5年間の年平均リターン10%={(161÷100)^(1/5)}-1

赤線:「毎年10%の複利と決まっていて、Yr0=100から5年後のYr5には161になることは予め予測可能」

Yr1:100×(1+10%) = 110
Yr2:100×(1+10%)^2 = 121
・・・
Yr5:100×(1+10%)^5 = 161.051

⇒ 10%複利で5年間運用=100×(1+10%)^5

 

だからこそ、株や投資信託のように、「過去のある期間についてStart→Endの間の変動を年率に割り戻すと〇%」という計算はできたとしても、「X年後には△%増えている」ことを正確に予想することが不可能な商品に対して、確定した利率で毎年増える、という意味合いの「複利」という言葉を使うことは非常にミスリーディングであり、場合によっては危険でさえあると考えます。

厳密には「複利」という単語を用いていなくても、「今後毎年〇%で運用できたら」というような将来に向けての仮定として使っているものも孕むニュアンスは一緒です。

 

FIREの文脈に「複利の意味の勘違い」を当てはめる

これを今流行りのFIREの文脈に当てはめてみましょう。「複利の意味の勘違い」がワナになる可能性があります。

例文:

Aさんの年間生活費は300万円なので、その25年分=7,500万円の元手があれば、FIRE生活に入れると考えた。Aさんは現在25歳で、50歳でFIRE生活を開始したいとすると、運用できる期間は25年間ある。もしも現在資産を3,000万円持っていれば、これを3.7%の複利で25年間運用できれば50歳には7,500万円まで増やせそうだ。今の資産が2,000万円なら5.4%まで引き上げることができればよいし、1,000万円ならさらに高いが8.4%で運用できれば達成できそうだ。

「毎年確実に3.7%/5.4%/8.4%で運用できたら」というピンポイントな皮算用は無意味

確かに「毎年確実に3.7%/5.4%/8.4%で運用できたら」3,000万円/2,000万円/1,000万円の元手を25年後に7,500万円まで増やすことは計算上可能です。しかし、運用期間中に元手が大きく変動することなく毎年確実にこれらのような率でお金を増やせる現実的な金融商品は存在しませんので、このようなタラレバで語ること自体が意味がありません。そもそも、特定の増加率(%)で数十年間確実にお金を増やす手法を知っているなら、なにもFIREだとか配当金収入で生活だとか宣言せずとも、生きている限りずうっとこのペースで資産を増やし続ければよいわけですから。

 

いや、アメリカのS&P500指数は過去30年において年平均9%程度で上昇し続けているので、「25年で元手1,000万を7,500万円に増やす(=元手を25年で7.5倍に増やす)」ことはできたかもしれません。しかし、これはあくまで「過去の実績」であり、今後のどこか特定の25年間(Aさんが25歳になる西暦A年から数えて25年後の西暦A+25年という特定の時期)の期間にも同じようなリターンになる、つまり複利のように確実に・着実に増える、という確約は一切ありません。

この、「特定の将来期間におけるリターンが何%になるかは分からない」にもかかわらず、「過去は長期的に〇〇(S&P500など)は年率△%のリターンをあげてきた」を理由として将来にもこの%増加率がそのまま当てはめられると思っていることが(無意識的にであっても)「複利」の勘違いとセットになっていると思うわけです。

このような勘違いをしていると、いざ将来のどこかの時点においてリーマンショックやITバブル崩壊のような株式市場の暴落・低迷時期に遭遇すると冷静さを失い、よろしくないタイミングで損切ってしまって結局大損をする、ということになりかねないと思います。

加えるならば、20年以上という長期で運用を続けていれば、必ず一度や二度はこのような暴落・低迷期に遭遇しますので、これを避けて通ることはまず不可能と思って差し支えないでしょう。

「市場全体では大きく上がることも下がることも必ずあるが、長期的に均してみると結果的に年率〇%程度の上昇が過去には見られたので、今後も長期的には似た程度の上昇が期待される」とあるべきところを、「過去は長期で見ると上昇しているので、今後も上昇し続けるだろう、過去の実績と同程度の年率〇%程度で」と高を括っていると、暴落に直面した時に平常心で乗りきるということはほぼ不可能だと思います。ましてや、「複利」の意味の勘違いをしていたならば、これはなかなか取り返しがつかないダメージを(精神的にも、金銭的にも)受けるリスクがあると思います。

よって、「複利」という言葉の意味を理解しているかどうかは、お金や資産運用に対する理解度そのものを測る一つのバロメーターにさえなると勝手に考えています。

 

長くなりましたがこれでおしまいです。お読みくださりありがとうございました。