お金と生活の知恵、時々ふつうの30代

少しだけ金融に詳しい普通のサラリーマンが、お金や投資や生活について日々気付いたことをつぶやきます。

東レの社長インタビューが驚きの内容すぎた(その1)

今日は最近読んだ週刊東洋経済の記事についてです(無料登録で全編が読めます)。

前編:

後編:

日本を代表する素材メーカー東レの社長ロングインタビューです。東レと言えば炭素繊維ユニクロとの協業、スポーツのスポンサー(テニスの東レパンパシフィックオープンや、バレーボールチーム)としてよく知られています。企業としては研究開発熱心で良くも悪くも「経団連代表」というイメージがありますが、独特なこの社長含めて割と好きです。

社長はなかなか歯に衣着せぬ物言いで、昨今のコーポ―レートガバナンスでの「欧米に倣え」という風潮を批判している記事です。まあ、東洋経済の記者は社長のしゃべりに圧倒されて、あまりバランスの取れた記事にするということはできなかったのかな?という気もしましたが、いずれにせよ、読んでみるとこれまたなかなか一方的な記事でした。

一応私も金融・証券業界に身を置くものなので、その観点からいくつか気になったコメントをピックアップしたいと思います。もっとも、金融業界だろうとなかろうと「ちょっとこれはないんじゃ・・」と思う部分もありましたが・・。

 

「欧米追従」に見えるガバナンスコードについて

――企業経営の形やガバナンスコードを欧米追従にすることには反対ですか。
 まあ、向こうのコードも、内容自体を見るとそんなに変なことは書かれていない。「企業価値」を高めましょうとかね。ただし、彼らが言っている企業価値というのは株価、いわゆる時価総額だ。

→Wrong。「とにかく株価を・時価総額を」という発想は大元のアメリカでも既に時代遅れとなっています。そのひずみが色々なところで出てきているということは誰もが認めるところです。その解決策が見つかり、過去のコトになったとはまだまだ言えませんが。確かに色々ある「企業価値」の測り方の中には時価総額が大部分を構成するEnterprise valueというのもありますが、これは時価総額に加えて有利子負債も含んだトータルの価値指標です。しかし、どちらかというと「効率性」を重視しますので、ROEやROICと呼ばれる指標も見ます。

しかし、究極的には「将来にわたってどれだけキャッシュを創出できるか」が最も重要で、それを見る手段としての指標の中に上のものがある、と言えます(そしてその「前提」として、最近はESGの観点が乗っています。これはまたいずれ別途)。

 

気になったので東レの過去の業績データや時価総額推移を調べてみました。その結果、以下のようなことが分かりました。

東レは数十年の長期で見るとほとんどキャッシュを生んでません(下記図表1)

また、株価(時価総額)も上がったり下がったりを繰り返していて最終的にはほとんど変わっていません(図表2)

会社資料や決算での経営陣のコメント等を見ますと、どうも一番こだわっているのは「売上高を伸ばすこと(売上を伸ばせがあとのことはついてくる)」である、と感じました。実際、売上高は過去から見ると比較的順調に伸びてきています(図表3)しかし、その売上をいくら増やしたところで、キャッシュが生まれなければ「効率性」は低いままで「企業価値」(その定義が時価総額だろうがなんだろうが)が高まることも難しいのが実情です

 

図表1:東レのフリーキャッシュフロー(FCF=営業CF+投資CF)と、対売上高FCF比率(1999年度~2020年度、22年間)

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図表2:東レ時価総額と対TOPIX相対株価(1999年1月~)

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図表3:東レの連結売上高(1999年度~2020年度、22年間)

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ちなみに図表1で示しているFCFマージン(ある年のFCFを売上高で割った数値)というのは私は製造業においてはしっかり見るべき指標だと思っています。キャッシュフローの絶対値はもちろん大事ですが、それを稼ぐためには大元となる売上をいくら必要としているか?を見られるためです。

東レの場合、99年度~20年度の22年間の累計FCFは2,305億円で、22年間の単純平均は104億円/年です。同期間の平均売上高は1.6兆円強でしたので、

累計FCFマージン:104億円÷1.6兆円=0.7%

・・・え?計算が間違っていないか確認してしまったくらいに低く、驚きました。

例えるならば、過去22年間売上高は着実に伸ばしてきていてその期間の平均年商が500万円の花屋さんが、商売から得たキャッシュ(売上から人件費、賃料、水道光熱費、色んな消耗品等を引いた残り)から設備投資(お花を育てる工場とか)を引いた累計の手元に残ったお金がたったの72万円!というのに等しく、商売をやっていた期間と額面の売上に対して微々たる額(というか誤差の範囲)です。ちなみにその間の累計売上高は1億1,000万円になります。(※キャッシュフローの中身はあくまでイメージですが、悪しからず)。

このように、FCFとはざっくり言いますと「営業CF(事業収入から費用を引いて残ったお金)」から「投資CF(毎年実施する設備投資や資産取得にかかるお金)」を引いたものですから、東レの場合も「事業で得た所得と、それを生み出すために使ったお金がほとんどチャラ」ということになります。これでは「企業価値」が高まってきているとはいいがたいです。

もしかしますと、社長が「企業価値(彼の中では≒時価総額)」を目の敵にしているかのように見えるのは、自社の時価総額も「企業価値」も増加していないことへの苛立ちの表れなのではないでしょうか。

 

長くなってしまいましたので、後編に続きます。